(顧問 水谷美紀の食エッセイ)食べたら書きたくなって 第14回 多くの人に愛される“ふーみんママ”の物語 映画『キッチンから花束を』
(水谷美紀の食エッセイ)
水谷美紀の食エッセイ〜食べたら書きたくなって〜
第14回 多くの人に愛される“ふーみんママ”の物語 映画『キッチンから花束を』
そう尋ねる人の顔を見ると、決まって笑顔である。きっとわたしもそうなのだろう。その笑顔には間違いなく、ふーみんを知っている誇らしさと、相手も行ったことがあったら「いいお店だよね!」と称え合いたい気持ち、行ったことがないなら心の底からすすめたいという、ふーみんに対するちょっと熱めの想いが宿っている。
わたしが最初にふーみんを訪れたのは上京して間もない若者だった頃。1989年か1990年だったと記憶している。当時、青山の骨董通りに事務所を構えていたある人気CM監督のもとで、同郷の先輩が絵コンテを描く仕事を手伝っていた。何かの折にわたしの話になったようで、「一度遊びにいらっしゃい」と監督が誘ってくださり、会社訪問することになった。そのとき三人でお昼ご飯を食べたのが、ふーみんだった。
そのときの先輩と監督も、やっぱり笑顔だった。「お昼ふーみん行く?」「いいですねー」「美紀ちゃん、ふーみん行ったことないよね? この辺りで僕らが一番気に入ってるお店なの」「ふーみんママが、また素敵な人なんだ」
うーみん? ムーミン? 名前さえろくに聞き取れていなかったが、ふたりの笑顔から、これは絶対についていったほうがいいと直感した。
30年以上経っても、この時のことは鮮明に覚えている。
全身DCブランドを着たおしゃれな大人しか歩いておらず、内心ビクビクだった当時の骨董通り。地下のお店と知って軽く失望したあと、実は大きな窓のある明るくて心地よいお店だとわかったときの驚きと喜び。ガヤガヤしているけど決してうるさくない、青山の街が似合う世馴れたお客様たち。そしてすすめられるままに頼んで食べたふーみんそばの、洗練されているのにほっとする、独特のおいしさ……。
「ほら、あそこにいる人がふーみんママだよ」。示された先を見ると、小柄なショートカットの女性が厨房で鍋を振っていた。ママというからてっきりフロアを取り仕切っていると思っていたのに、ふーみんママは料理人だったのだ。店名がママの名前からとったと知るのは、もっとずっと後のことだ。
その日から今日まで、骨董通りでお昼を食べるとき、ふーみんは常に候補リストの上位にランキングしている。これまた、同じだという人は多いだろう。
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多くの人に昔も今も愛されている南青山の超人気店「ふーみん」。本作は神宮前の小さな店舗を皮切りに、南平台、そして現在の南青山と半世紀に渡って「ふーみん」を切り盛りしてきた「ふーみんママ」こと斉風瑞(さいふうみ)とその家族、そしてふーみんの歴史を約3年半かけて追った長編ドキュメンタリーだ。
台湾人の両親のもと日本に生まれ、母からは負けず嫌いの性格を、父からは天性の味覚を受け継いだ斉風瑞が友人の一言をきっかけに美容師をやめ、神宮前に小さな中華風家庭料理の店「ふーみん」を開いたのが1971年。その店はあっという間に和田誠や五味太郎、金子功といった当時新進気鋭のクリエイターやアーティストを虜にし、ファンを増やしていく。
そんな黎明期のエピソードや、お馴染みのロゴとにんにくのアイコンの意外な誕生秘話(知らなかった!)、そしてたくさんの客を魅了してきたふーみんママが70歳をきっかけに下した選択と現在を、本人だけでなく家族やスタッフ、平野レミなど関係者や顧客へのインタビューで綴っていく。
豚肉の梅干煮、納豆チャーハン、豆腐そば、ねぎワンタンetc.次々と登場する人気メニューの数々は、どれも実においしそうだ。そのひとつひとつにはそれぞれ成り立ちと想いがあり、ふーみんママの料理に対する深い愛情と枯れないクリエイティビティが画面越しに伝わってくる。
往年のファンも、まだふーみんを知らない人も、この映画を観たらきっとあのビルの階段を下りて、ふーみんを訪れたくなるだろう。決まったメニューばかり食べていたことを大いに反省したわたしには、「ふーみんの全メニュー制覇」という、新たな目標が生まれた。
(作品情報)
『キッチンから花束を』
監督 菊池久志
語り:井川遥 台湾コーディネーター:青木由香
音楽:高木正勝 音楽プロデューサー:山田勝也
劇中イラスト:高妍 アートディレクション:GOO CHOKI PAR
照明:入尾明慶 粂川葉 プロデューサー:菊池久志 岩本桃子
ミックス:森浩一 配給:ギグリーボックス
メインビジュアル撮影:若木信吾 制作:エイトピクチャーズ
公式サイト
https://negiwantan.com
5月31日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町他にて順次公開
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