(顧問 水谷美紀の食エッセイ)第6回チャイニーズ・シェフ・ゴー・フィンランド 映画『世界で一番しあわせな食堂』
(世界で一番しあわせな食堂)
顧問 水谷美紀さんの食エッセイ。第6回チャイニーズ・シェフ・ゴー・フィンランド 映画『世界で一番しあわせな食堂』
監督は弟のアキ・カウリスマキとともにフィンランドを代表する映画監督であるミカ・カウリスマキ。長年ブラジルに住んでいた彼だが、今回は故郷フィンランドのなかでも手付かずの自然が残っているラップランドを舞台に、恩人を探して上海からやって来た料理人チェン父子と食堂を経営する女性シルカ、そして気のいい村の老人たちとの交流を描いている。
フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、ロシアといった4カ国にまたがるラップランドは、静謐な森や湖が広がり、野生のトナカイが目の前を行き交う森林地域で、近年、日本でもでも少しずつ知られてきている。映画ファンならシリアスなテーマながらやはりラップランドの美しい自然が印象的だったスウェーデン映画『サーミの血』(2016)なども記憶に新しいだろう。
新型コロナウィルスの発生以前、そんなラップランドにも中国人観光客が大挙して訪れていたようで、監督はそこからこの話を思いついたというが、ほのぼのとした北欧の架空の村と中国人父子という取り合わせの不思議さが、この物語にユーモラスな空気とファンタジックな魅力を加味している。
最初はどこか謎めいていたチェンも、映画が進むにつれて少しずつ人柄と背景が明らかになっていく。それとともに、しっかり者の女経営者に見えていたシルカの孤独な心も、チェンの優しさに触れて少しずつ解き放たれていく。そんな二人の、いわば大人のボーイ・ミーツ・ガールな展開からも目が離せないが、一方で、店の常連客である爺様たちのチャーミングな魅力もたまらない。
彼らが自国の宝ともいえるフィンランド・サウナにチェンを招き、裸の付き合いをするシーンがこれまた良い。日本でも近年、サ活といってサウナを楽しむ人が増えているが、フィンランド人にとっては人生に欠かせない営みであることが伝わってくる。シャイで控え目な旅人チェンと、村からほとんど出たことのない老人達が、サウナでともに汗を流すうちに、人種はもちろん料理人と客の立場も超えて仲間になっていく様子はなんとも幸せそうだ。
また、この映画の大きな魅力のひとつが、食堂で出される料理の数々だ。中国人観光客のためにチェンが作った中華料理も見事だが、決して美食家とはいえない老人達がチェン特製の薬膳スープに目を白黒させて飛びつくシーンは、観ている側も思わず笑顔になる、実においしそうな瞬間だ。
薬膳料理は万病を治す魔法の食事ではないけれど、滋味溢れるスープを日々味わうことで末期ガンである老人ロンパイの体調が落ち着いていく様子に、医食同源の四文字が浮かぶ。「あなたは食べたもので出来ている」という、中国に伝わる食への考え方も、ミカ・カウリスマキがこの映画で伝えたかったことなのだ。
料理を作る者にとって、食べた人が笑顔になることと、心身ともに元気になってくれることは、何よりの喜びだ。おだやかな物語にリフレッシュされた後は、きっとこれまで以上においしい料理を作りたくなるだろう。
【作品情報】
『世界で一番しあわせな食堂』
全国順次公開中
©Marianna Films 配給:ギャガ
gaga.ne.jp /shiawaseshokudo
監督:ミカ・カウリスマキ 脚本:ハンヌ・オラヴィスト 出演:アンナ=マイヤ・トゥオッコ、チュー・パック・ホング、カリ・ヴァーナネン、ルーカス・スアン、ヴェサ=マッティ・ロイリ 2019 年/フィンランド・イギリス・中国
後援
顧問 水谷美紀先生のフェイスブック
詳細はこちら
顧問 水谷美紀先生のtwitter
詳細はこちら
今までのコラム
第5回『幸せは牡蠣で 気仙沼・唐桑の牡蠣』
第4回『すき焼きラプソディ 牛肉と鍋の産地に生まれて』
第3回『歳神様は鏡餅がお好き』
第2回出汁にかける少女・映画『みをつくし料理帖』
第1回『おにぎりところどころ』