(顧問 水谷美紀の食エッセイ)第1回「おにぎりところどころ」
(おにぎり)
顧問 水谷美紀さんの食エッセイはじまりました。クリエイティブディレクター・コピーライターとして活躍する美紀さん。全国料理教室協会では、「伝える文章表現にもこだわる料理教室講師にー!」を目標に、美紀さんからもアドバイスをいただいていきますよ〜!こちらのページでは、全国を取材し続ける美紀さんワールドな食エッセイです。第1回「おにぎりところどころ」。
近年、主要4社のコンビニで販売されているおにぎりは、ツナマヨネーズと鮭とで完全に人気を二分しているらしい。けれどもそれはあくまでコンビニおにぎりの話。家庭で作られるおにぎりは今も梅や昆布が健在だし、地域や家庭ごとの「うちだけの定番おにぎり」もあるだろう。
そういうわたし自身も東京に来るまで、まったく自覚なく地域色の豊かなおにぎりを食べていた。梅や昆布などと同様に、どの家でも食べていると思っていた具が、実はまったくメジャーではなかったと分かった時は結構ショックだった。
それは『しぐれ』『アミ』『しょうが』のおにぎりだったのだけど、これを読んで同郷以外で具の中身が分かる人って、一体どのくらいいるだろう。
しぐれとは、貝をしょうがと醤油で炊いた佃煮である志ぐれ煮(時雨煮)のこと。故郷はハマグリ・アサリ・シジミの産地なので、しぐれは佃煮の定番というより鉄板だ。ちなみに同じく名産品である牛肉のしぐれ煮も日常的に食されている。貝のしぐれはそのまま食べても美味しいけれど、細かく刻んでごはんと混ぜ、おにぎりにすると絶品だ。お茶漬けの具や、ちらし寿司の酢飯に混ぜ込むのもとても(とても!)合う。
アミもやはり佃煮で、体長数ミリほどの小さなアミエビのことを言う。アミはおにぎりだけでなく、ふりかけのようにご飯にかけて本当によく食べた。しぐれと違って甘く炊いてあるので、子供でも食べやすかったのだ。小さい頃は極端な偏食だったけど、カルシウム豊富なアミをせっせと食べたおかげで丈夫に育ったような気がする。
しぐれもアミも佃煮としてはさして珍しくないものの、おにぎりにするほど日常的に食べるのは漁業や海産物の加工が盛んな地域だけだろう。東京でも佃島や深川界隈の人だったら、似たようなおにぎりを食べているのでは(ご存知の方がいたら教えてください)。
しょうがはよく見かける甘酢しょうが(ガリ)ではなく、砂糖を一切加えない梅酢漬けのしょうがのこと。市販の紅生姜では駄目で、各家庭で漬けたものを使う。東京では谷中しょうがに味噌をつけて食べるけれど、梅酢漬けもぜひ試してもらいたい。故郷では夏の定番の漬物になっていて、ご飯だけでなくビールのおともに欠かせない。おにぎりにはこの梅酢しょうがをみじん切りにしたものを混ぜたごはんを使う。白いご飯にしょうがの赤紫が彩り良く、実に食欲がそそられる。もしかすると普段おにぎりの中で一番好きと言っている梅のおにぎりより好きかもしれない。
この梅酢しょうがは、冷めたご飯に冷たい麦茶をかけた夏の定番『冷やし茶漬け』(我が家では『冷や茶漬け』と言った)にもぴったりだ。子供の頃、食欲がない真夏でもこれなら食べられた。ほぼ梅酢に漬けるだけで出来るのに全国に浸透していないのが不思議なくらいだ。
同様に、自分とは違う土地に生まれた人が食べている未知のおにぎりを知るのもおもしろい。これまで知った中で地味な見た目ながら一番インパクトが大きかったのは『味噌にぎり』だ。今では居酒屋などで焼きおにぎりの種類として見馴れたけれど、教わった時はまったく知らなかった。故郷(三重・北勢)はおろか、味噌料理の盛んな隣県の愛知でも食べられていなかったのだ。
最初どんなものなのか想像がつかず、丸めた味噌がおにぎりの中に入っているのだと思った。ところがその正体は、味噌を両手につけて伸ばし、その手で白米を握る(だけ)という実にシンプルなおにぎり。
味噌を直接ごはんに付けるなんて辛過ぎるのではと思ったが、食べてみたら白米と味噌のバランスがちょうど良く、抜群に美味しい。見た目の何倍も美味しいので驚いてしまった。しかも両手に味噌をつけて握るというのが、子供の泥遊びのようでおもしろい。すっかり気に入り、以来たびたび作るようになった。
他にも何かおもしろいおにぎりはないものかと思い、そばにいた人に思い出のおにぎりは何か尋ねてみた。すると「爆弾おにぎり」という答えが返って来た。これは特定の地域のものではなく、ボーイスカウトより幼いカブスカウト(小3~小5)時代に食べたお弁当のことで、通称カブ弁というのだとか。
お箸を使わないボーイスカウトでは、本来お弁当箱に詰めるおかずをみんなおにぎりの具にして食べるのだが、海苔で真っ黒に巻いたまんまるの形も含めて爆弾に似ているところからその名がついたらしい。
具は卵焼きだけのシンプルな子もいれば、数種類のおかずや漬物、マヨネーズまで一緒に入ったユニークな具の子もいたのだとか。子供にとってはさぞワクワクする食体験だったことだろう。
さて、ここまで色々なおにぎりについて書き連ねてきたけれど、最後に「自分にとって人生最高のおにぎりとは?」と自問してみた。真っ先に思い浮かんだのは、幼い頃に母親が握ってくれた塩むすびだった。
当時我が家は一升炊きの大きなガス炊飯器を使っており、炊き上がるといちいち保温ジャーに移し替えていた。その時にすくい切れずお釜に残ったご飯粒で、いつも母親は一口サイズの俵おにぎりを作ってくれた。そのおにぎりのおいしかったこと!
炊きたてのご飯は熱々なので火傷しそうになるのだけど、たっぷり水分を含んで粘りも強い米粒はツヤッツヤで、このタイミングで食べなくては意味がない。軽い塩味も絶妙で、素朴だけど何よりのご馳走だった。
その頃のわたしは年子の下の兄となんでもお揃いか分け合わなければならず、それが不満でたまらなかった(兄のほうがもっと不満だっただろうけど)。けれども大体ご飯が炊き上がる時間に兄は近くにいなかったので、このおにぎりだけはわたし一人に与えられ特権になっていた。そのことが何より嬉しかったのだ。
「できたよ、はよおいで」。
母に呼ばれると一目散に駆けつけ、親公認でお行儀悪く、雛のように口を開ける。そこに、ほわっと湯気の上った一口サイズのおにぎりが、ポン、と入れられる。その時のなんともいえない幸福感が、わたしを大のおにぎり好きにしてしまったのだろう。
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