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    (顧問 水谷美紀の食エッセイ)食べたら書きたくなって 第12回 真夏のカレーうどん

    (水谷美紀の食エッセイ)

    水谷美紀の食エッセイ〜食べたら書きたくなって〜 第12回はカレーうどんのお話。

    (顧問 水谷美紀の食エッセイ)食べたら書きたくなって 第12回 真夏のカレーうどん
    猛暑や酷暑を通り過ぎ、「殺人的な暑さ」とまで言われた2023年の夏。夏だけの平均気温を見ると、気象庁が統計を始めた1898年以降で最高だったという。

    あまりの暑さに耐えきれず、今年の夏はいつもにも増して冷製パスタやサラダうどん、そうめんに蕎麦と、ツルツル口当たりのよい麺類をたくさん食べた。そもそも冷房の効いた部屋にいる時点で、体は十分に冷えている。それ以上に内臓を冷やすのは美容にも健康にもよろしくない……と頭ではわかっているのに、ついつい「やっちまった」のだ。歴史的で殺人的で獰猛・過酷な夏だったのだから、仕方ないではないか。

    そんなわたしだが、夏といって思い出す麺といえば、なんといっても温かいカレーうどんだ。なにも変人ぶって言っているわけではない。極寒の地に生まれたわけでも、極端な寒がりなわけでもない。ではなぜ夏にカレーうどんなのか? それは子供時代の夏休み、祖父母の家でいつも朝食に出たのが、ほかほかと湯気の立つ温かいカレーうどんだったからだ。

    ******

    小学生の頃、毎年夏休みになると隣りの県から従兄がやってきた。夏休みが始まるとすぐ祖父母の家に預けられ、夏休みが終わるギリギリまでわたしの街で暮らすのだ。今にして思うと叔父と叔母も随分と大胆な子育てをしたものだが、従兄は特に寂しがったりもせず、母親(叔母は母の妹だった)の故郷に来るのをいつも楽しみにしていた。

    一方、迎え入れる側の我々にとっても、「T君(従兄)来たよ」の知らせは、夏休みの始まりを告げる合図のようなものだった。2歳上の従兄、1歳上の兄、わたし、同じ町内に住む1歳下と2歳下の従弟2人という歳のつながった5人が主なメンバーで、なにかというと集まって一緒に遊んだ。リーダー役の兄に先導され、みんなで魚釣りや虫捕りをしたり、駄菓子屋やプラモデル屋に出かけたり。時には8歳離れた上の兄も加わり、祖父が持っていた小さな船を出してもらって川で泳いだりもした。運動が苦手だった従兄を気づかい、野球やサッカーをするときだけは誘わなかったが、わたし以外の全員が大の鉄道好きだったこともあって、男子たちの結束は固かった。

    祖父母の家はわたしの家の近所だったので、普段泊まることはない。けれども従兄が来た時だけは別で、1日か2日だけみんなで泊まることを許された。その日だけは何時まで起きていてもよかったので、我々は夜中までひたすらゲームや麻雀に興じ、勝った負けたと力いっぱい大騒ぎした(まだテレビゲームはなかった)。時々ケンカになって怒ったり泣いたりもしたけれど、この夜は不思議なくらい楽しかった。そのうち眠くなった子から一人、また一人と脱落し、横に敷かれた布団で雑魚寝するのがいつものパターンだった。

    翌朝目を覚ますと、寝坊だったわたしはいつもひとりだけ置き去りにされていた。兄たちがとっくに起きてセミ捕りに行ったことはわかっていたけれど、追いかける気はさらさらない。この小学生女児の夏休みはとても忙しかったので、夜遊びした翌日まで兄たちと遊ぶことはなく、必ずひとりだけ家に帰っていたのだ。

    寝ていた二階から下に降りると、きまって祖母が「おはよう。よぉ眠れた? 朝ごはん食べてから帰りな」と声をかけてくれた。当時すでに70歳を超えていただろうか。アッパッパーという楊柳のラフなワンピースを着た祖母はいつも優しかった。そして歯磨きを終え、まだぼんやりしているわたしの前に出されるのは、決まって温かいカレーうどんだったのだ。

    あの頃は真夏といっても耐えられないほどではなく、朝は爽やかで過ごしやすかった。特に祖父母の家は川から心地よい風が入ってくるので、涼しいくらいだった記憶がある。そのため夏に不似合いなカレーうどんを出されても平気で、汗ひとつかかずにするすると食べ終え、一滴残さずスープも飲み干した。

    祖母のつくるカレーうどんはスープがさらさらでとろみがなく、多分スーパーで買ったインスタントだったのだろうが、子供向けのマイルドな味でおいしかった。どんなに食べるのが遅くても祖母がわたしを叱ることはなく、いつもなんだかんだと騒々しい兄たちもいない。朝の澄んだ空気のなかでカレーうどんを食べる静かな時間は、長い夏休みのなかでもちょっと特別でお気に入りのひと時だった。

    ただ確かに、なんでカレーうどんなんだろう、とは思っていた。兄達とも「おばあちゃんちに行くとさ、朝絶対カレーうどんやん? あれなんでなんかな?」と話していた。高齢の祖母がカレー味の食べ物を出すことも、真夏なのにわざわざ温かいうどんであることも、当時の我々には不可解だった。

    でも今ならわかる。大正生まれで和食しか作れなかった祖母が、自分でも簡単に作れて孫が喜びそうな食べ物はなにかと考えてたどり着いたのが、お湯にとけば簡単にできあがるインスタントのカレーうどんだったのだ。祖母の狙いは見事に的中し、我々はみんな「おばあちゃんのカレーうどん」が大好きになり、何十年経っても思い出し、集まると話題にしている。孫の一人はこうしてエッセイにまで書いている。それくらい、あのカレーうどんはおいしかったのだ。たとえインスタントであっても。

    ******

    「ちゃうちゃう、おばあちゃん、ちゃんとルーから作っとったよ」

    当時のことを知りたくて母親に電話したところ、思いもよらぬ言葉が返ってきた。なんと祖母はルーからカレーを作っていたというのだ。わたしは祖母にカレーがつくれるはずはないと思い込んでいたうえに、泊まっていた子供がちょうど5人だったので、5袋セットで売られているインスタントのカレーうどんを使ったに違いないと早合点していたのだ。なんて失礼な孫! おばあちゃん申し訳ない。

    しかも祖母はカレーライス用の固形ルーではなく、ちゃんとカレー粉を買い求め、そこに出汁や砂糖を加えてオリジナルのカレーを作っていたという。とろみがなくさらさらだった理由がここで判明した。具は薄く切った玉ねぎとサイコロ状のじゃがいも、そして牛肉の切り落としのみ。確かに記憶と一致する。祖母のカレーうどんには人参が入っていなかった(嫌いな子がいるかもしれないという配慮からだったそうだ)。

    その話を聞いて、ようやく長年の疑問が解けた。実はひとり暮らしを始めたばかりの頃、生まれて初めてインスタントのカレーうどんを自分で作って食べた時、「あれ? おばあちゃんのカレーうどんって、こんなもんだったっけ?」と軽く落胆したのだ。あの頃は子供だったし、思い出バイアスがかかっておいしいものとして記憶したのかな、ま、そりゃそうだよな……と自分を納得させていたのだが、祖母のカレーはやっぱりおいしかったのだ。

    母によると、祖母はわたしたちが泊まる日はいつも以上に早く起きてカレーを仕込み、バラバラに起きてきた子の人数分だけ小鍋にとって、その都度うどんを入れて出していたのだとか。インスタント食品が悪いわけではないが、思っていた以上に祖母が丹精込めて作ってくれていたことを今さら知って嬉しくなった。このエッセイを書こうと思ったから知ることができたので、なにが幸いするかわからない。長女としてずっと祖母のそばにいた母いわく、祖母は洋食が苦手なうえに大の甘党だったので、カレーうどんを自分で食べることはなかったという。


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