(顧問 水谷美紀の食エッセイ)食べたら書きたくなって 第10回「なごりの福〜富山湾のホタルイカ〜」
(水谷美紀の食エッセイ)
水谷美紀の食エッセイ〜食べたら書きたくなって〜
第10回は、ホタルイカのお話。
そんな話を舌の肥えた友人たちから聞くようになったのは、いつからだろう。北陸新幹線が開通する前からだから、ゆうに10年は経っている。最近では「富山は熊もいい」というジビエの新情報まで加わった。一方わたしの富山体験といえば、子供の頃に家族旅行で黒部立山アルペンルートに1回、大人になってから氷見に1回行ったきり。富山グルメはほとんど未知の世界だ。
そんな彼らが口をそろえて褒める海産物のひとつが、富山湾で獲れるホタルイカだ。晩春の季語にもなっているホタルイカは日本海側を中心に3月〜5月が旬となるため、この時期をねらって訪れる人も少なくないという。
漁獲高が国内2位なのにも関わらず「ホタルイカといえば富山湾」といわれるのは、ほかの地域と違って定置網漁をおこなっているため、丸々と太った産卵期のメスのみが獲れるからだという。ホタルイカが獲れる群遊海面は特別天然記念物に指定されているが、ホタルイカ自体が指定されていないのは天然記念物になると食用できなくなるという事情もあるそうだ。守るべき生物であるとともに、守るべき食文化でもあるのだ。と堅苦しく言ってみたが、つまり「食べたい」ということなのだろう。ふだん深海に棲息しているホタルイカには全身に発光器がついており、青白い光を放って大群で泳ぐ姿は幻想的で美しい。私が最初にその名を知ったのも、食材としてではなく珍しい海洋生物としてだった。
1996年、ブリ(富山湾の王者)、シロエビ(富山湾の宝石)とともにホタルイカ(富山湾の神秘)も『富山の魚』に指定された。このニュースのことはよく覚えている。その時点では3つとも食べたことがなかったので、激しく興味を持ったからだ。特にホタルイカは足が早く、昔は富山だけでなく漁獲高1位の兵庫でも産地周辺以外にはあまり出回っていなかったので、三重出身の私には馴染みがなかったのだ。その後ホタルイカの知名度はどんどん上がり、冷凍と輸送技術の向上した今では都内でも気軽に食べられるようになった。だが前述した友人たちによると「富山で食べるホタルイカはぜんぜん違う」らしい。
その話を聞いてからというもの、わたしはひそかに「富山でホタルイカを食べてみたい」と思っていた。実はホタルイカとの最初の出会いが幸福なものではなかったので、産地で最高のホタルイカを食べてリセットしたいと考えていたのだ。
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初めて食べたのは都内の和食店。先付で出されたホタルイカと菜の花の黄身酢和えだった。
おおこれがホタルイカか、小さくてもちゃんとイカの形をしていて可愛いなと感激し、喜び勇んで一匹を口に放り込んだところ──「ジャリッ」。意外な食感に驚き、あわてて日本酒をあおってなんとか飲み下した。そのホタルイカは下処理がされていなかったのだ。
全長4㎝〜7㎝しかないといっても、イカはイカ。ホタルイカにもちゃんと硬い目やクチバシ、細長い軟骨がある。ボイルしたあとそれらを取りのぞく下処理をすれば、なめらかな食感になる。この処理をしていなければ、当然ざらついた異物感が残る。後で聞いたら馴れている人は気にせずそのまま食べたり、食べながら器用に出したりするそうだが、こちらは初心者、もちろん(おおいに)気にする。というより知らずに思い切り食べて「ジャリッ」は結構ショックだった。もちろんホタルイカには何の罪もない。
その後、ちゃんと下処理のされたホタルイカを食べ、遅まきながらホタルイカのおいしさを知ったものの、最初に受けたダメージは意外に大きく、ホタルイカを前にすると緊張し、なんとなく身構えてしまうようになった。下処理されていると聞いても、つい舌で探って目やクチバシがないかと確かめながら、おそるおそる食べてしまう。相手はイカだが、信頼関係が築けていないのだ。アヒージョ、パスタ、パエリアと、どの料理にもホタルイカは合うし、おいしいと思うのに、今ひとつ心を開いて食べられない。こんな関係では互いに(?)不幸なままだ。どこかで一回リセットしなくては。
そこで思いついたのが「富山のおいしいお店でホタルイカを食べること」だった。まったく無根拠だったが、それが一番よいトラウマの克服法に思えたのだ。“羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く”という故事成語があるが、ホタルイカに対する私はまさにこれ。おいしいホタルイカを食べたらホタルイカとの信頼関係が再構築できる気がしたのだ。
と思ったものの、私が富山に行く機会はなかなか訪れなかった。そうこうするうちに新型コロナウィルスの流行で旅行は禁じられ、リセットの機会もないままさらに3年が過ぎた。「ジャリッ」からは20年近くが経っていた。
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ところが今年、ひょんなことからついに富山で食事をする機会が巡ってきた。季節は立夏直前と、すでに名残りの時期に入っていたが、シーズン内であることは間違いない。あえてリクエストをしなくてもホタルイカが出ることは確信していた。
当日。予想通りコースの数皿目に、待ちに待った「本場で食べるホタルイカ」が登場した。イタリアンのおまかせコースということで、なんとなくサラダかパスタを予想していたが、出てきたのはシンプルなタコスだった。
山芋でできた自家製の白い皮の上には、富山で獲れたみずみずしい緑の山菜。さらにその上に桜色したホタルイカが仲良く並んでいる。やわらかいベッドに寝かされているようなホタルイカはぷっくりとして実に愛らしく、これまで見たどのホタルイカよりもみずみずしく、色にツヤと透明感がある。ついさっきまで泳いでいたであろう足は元気で、踊っているようだ。わたしが詩人なら「よく来たね」とか「待ってたよ」とささやかれていただろう。残念ながらそんな声は聞こえなかったが、ひたすらおいしそうである。
その時点で、お店のおかげかメンバーのおかげか、ホタルイカを前にしてもいつものような緊張感がまったくないことに気がづいた。不思議なことに、食べる前からすでにトラウマは消えており、すっかりリラックスしていた。
満を持してタコスをとり、軽く巻いて恭(うやうや)しく口に運ぶ。獲れたての上にボイルしたてのホタルイカはプリッと弾力がありつつなめらかで、たしかに「ぜんぜん違う」。
ホタルイカの軽いぬめりと旨味、山菜のほろ苦さ、そこに流し込むナチュールワイン。マリアージュは完璧だ。素材重視のシンプルな味つけも好みで、絶品などという大げさな表現はそぐわない、可憐で清廉なおいしさが嬉しい。これまでのような警戒心からではなく、なくなるのが惜しくて、ゆっくり、ゆっくり咀嚼し、大事に食べ終えた。これで完全にリセット完了。ホタルイカをようやく心から楽しめた、記念すべき時間だった。
まわり道したからこそ喜びもひとしおとなった、ホタルイカの富山初体験。今さらと食通の方々には笑われるかもしれないが、人にはそれぞれその人だけの時計があり、針の速度もさまざまだ。本当においしいと思える最高の時、場所、シチュエーションで食べられたのだから、今がわたしのベストタイミング。来年からはホタルイカを使ったレパートリーが一気に増えそうだ。
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