(美奈先生のレシピ小説)第3話 時短で美味しい!女心と肉豆腐~流行りじゃないのよ、麹は♡
(美奈先生のレシピ小説)
美奈先生のレシピ小説第3話!!!読むだけでお料理上手な気分になれるかも〜♬
第3話 時短で美味しい!女心と肉豆腐~流行りじゃないのよ、麹は♡
「山下課長、このお魚についてるつぶつぶ、なんですか?」
「これ?米麹よ。銀だらを醤油麹につけて焼いたの」
会議スタート10分前。
前のミーティングが思いのほか長引き、大急ぎで自席で食べているお弁当をのんびり覗き込む部下のまどかに、紗智子は一瞬イラッとしたが、物分かりの良い上司としてにこやかに答える。
「醤油麹?あ、塩麹とか醤油麹とか、そういえば一時期流行ってましたね〜」
…この子、何もわかってないのね。
麹菌は国菌。日本の食文化の誇りよ。
流行りのレベルじゃないのよね…
この醤油麹も自家製だ、などと答えているとまた長くなりそうなので、紗智子は軽く微笑んで、黙々と食べ続ける。
この切羽詰まった時に話しかけてくるとは、空気の読めない部下である。
仕事は早いし悪い子ではないけど、整った顔立ちに似合わず、意外と天然入ってるのよね、と心の中でため息をつく。
せめて口紅くらいは塗り直したいが、まさか部下の前でコンパクトは出せないし、化粧室に行く時間もない。ジリジリする思いで、お茶を一気に飲みほして立ちあがる。
ああ、口紅が剥げてるだろうな…
まどかより一回り以上年上で既婚の紗智子だが、まどかやさらに年下の美菜子とも、「気持ちはあなた達となんら変わらないのよ」と言ったら、彼女たちはどんな顔をするだろう。
まぁ、自分も彼女らくらいの年には、40半ば、アラフィフともいえる女上司なんて全く違う世界の住民くらいに思っていたのだから、仕方ないか…。
なんとか無事会議を終え、気になっていた案件も解決し、ここは一杯引っ掛けて帰りたいところだが、今夜は夫の寿也が出張から帰ってくる日だ。
「今日は忙しくて夕食は作れない」
とLINEの一本でもいれれば、文句も言わず外で食べてきてくれる夫なのだが、さすがに5日ぶりの帰宅なので、今日くらいは好物の牛肉でも奮発して、美味しいものを作ってあげたい。
日本酒が好きな寿也だが、来月の人間ドッグまで禁酒中と宣言していたから、ご飯がすすむおかずにしよう。
新玉ねぎが美味しい季節だからたっぷり入れて、肉豆腐なんかいいかも。
まずは牛肉を醤油麹と酒で軽くもんでおき、副菜からとりかかる。
寿也の好きな烏賊をサラダにして、あとは菜の花の胡麻和えと、釜揚げ桜エビのおろし和えにお味噌汁ってとこかな。
サラダはスーパーで買ったボイルの釜茹で烏賊にプチトマトを合わせ、作り置きの自家製ドレッシングで和えるだけ。
菜の花はルクエに入れて1分半レンジで温めてから冷水で冷やし、醤油絞りして、醤油麹、みりん、すりごまで和えるだけでよし。
菜の花はつぼみの隙間に水がたまりやすいから、水っぽくなるのを防ぐため、味をつける前に醤油少々をふって絞る「醤油絞り」は大切なひと手間だ。
春の香りを運んでくれる釜揚げ桜エビは、ごま油でさっと炒めて大根おろしと合わせ、煎り酒で和えるだけで箸休めの一品になる。
昔いきつけの居酒屋で、揚げ玉と大根おろしと青のりを煎り酒で和えたものを突き出しでいただき「なにこれ!混ぜてあるだけなのにすごく美味しい。真似させてもらおう。」と、沙智子なりのアレンジを加えながら似たようなものをちょくちょく作っている。
煎り酒は、鰹だしと梅酢を原料にした日本の伝統調味料だが、ちょっとした和え物にとても重宝する。鰹のたたきやささみのサラダなどにも最適だ。
お味噌汁の具はどうしよう。
出張で疲れているだろうから、タウリンたっぷりのあさりはどうかな。
烏賊と桜エビと合わせてトリプルタウリン注入すれば、疲労もすぐに回復するだろう。
先週末冷凍しておいたあさりは、今が旬。春の産卵期前、身がふっくら大きくなり、旨味がのっている。
あさりは砂抜きしてから冷凍しておくと、旨味成分のグルタミン酸とイノシン酸がさらにアップして美味しさ倍増するし、使いたいときにすぐ使えるから一石二鳥なのだ。
今朝鍋に浸水させてきた昆布ごと沸かし、沸騰直前で冷凍あさりを入れ、口が開いたら火を切って、紗智子自家製のお味噌を溶かせば完成。
そこまで準備してから、いよいよ肉豆腐に戻る。
醤油麹と酒でマリネしていた牛肉をさっと炒め、半ナマで取り出す。
鍋は洗わず、肉の旨味をこそげ取りながら酒をふり、玉ねぎを炒め、調味料と水を入れ、豆腐とえのき茸も加える。火が通ったら肉を戻し入れ、混ぜれば完成。
肉じゃがだとじゃがいもに火を通す時間と手間がかかるが、肉豆腐ならあっという間だ。
自家製醤油麹のもつ酵素パワーで、牛肉特有の臭みも和らぎ、柔らかジューシーに仕上がる。
牡蠣醤油は、深みのあるたまり醤油的な感覚で、紗智子のお気に入りの調味料だ。
これと醤油麹で、出汁を入れなくても充分美味しく仕上がる。
ちょっと味が濃い目の肉豆腐を、最後はご飯にかけ、卵を落として「すきやき丼風」にするのが、寿也の「最高のシメ」らしい。
お行儀良いとは言えないが、家だし、美味しく食べてもらうのが一番と思っているので、よしとしている。
ご飯は、寿也の実家の農家から送られてきた米だが、甘くて適度な粘りもあり、なかなかの味だ。
炊飯器はあえて使わず、週末にまとめて鍋で炊いて、あつあつを一食ずつラップに包んで、粗熱がとれたら冷凍。それをレンチンして食べるのが、効率的だし、ジャーで保温したご飯よりよっぽど美味しいと思う。
健康志向の紗智子的には玄米や雑穀米を入れたいところだが、
「玄米は食べにくいし、雑穀は鳥の餌みたいでいやだ。白い飯が一番うまい!」
という寿也の意見を尊重して、白米100%にしている。
これは食べる前にチンすれば、OK、と。
…こんなメニューで満足してくれるのだから、自分の夫は楽だと思う。
元来料理は大好きなので、以前はかなり手の込んだものを作ったりもしてみたが、労の割にさして喜ばれないことに気が付いた。
新婚の頃、かなり高価な本マグロの中とろを思い切って買った時、凝った自家製マヨネーズのタルタルドレッシングでアボカドなどと一緒に和え、セルクルで抜き、バルサミコクリームで皿に模様を描き、リストランテばりのオシャレな前菜にして出したら、一口食べて、
「あ〜いい鮪だね!…俺、これは普通にわさびと醤油だけで食いたかったな〜」と、遠慮しながらもその口調と顔色から、がっかり感がひしひしと伝わってきたのは忘れられない。
紗智子としては、買った刺身を皿に盛るだけだと手抜きと思われやしないかと気遣い、「すごいね!」と喜んでくれると思って頑張ったのに…と結構ショックだった。
以来割り切って、あまりごちゃごちゃ凝ったことはせず、副菜はほぼそのまま、あるいは簡単に和える程度で出す和食が多くなった。
元々素材にはこだわる紗智子なのだから、確かに手をかけなくても充分美味しいのだ。
「ただいま~。お!いい匂いだ!」
「肉豆腐いいねぇ。さっちゃんも疲れてるのに、ありがとうね。家はやっぱりいいなぁ。あ、最後に卵ね!」
妻が家事をするのを当然と思わず、ちょいちょい労ってくれるところが、寿也のいいところだ。
このたったひとことが妻のモチベーションをぐっと上げることを知らない夫の、なんと多いことか。
肉豆腐を幸せそうに頬張る夫を見て、
(やっぱり今日はまっすぐ帰ってきて、正解だったわ)
と紗智子もつられて笑みをこぼし、自分も食べ始める。
ふと、肉豆腐の煮汁に浮かんだ醤油麹の粒が目に入り、昼間のまどかの無邪気な顔が蘇る。
(そういえばあの子、給料日前になるとお弁当作ってきてるのよね。けっこう料理に興味ありそうだったし、今度聞かれたらちゃんと、醤油麹の良さを教えてあげなきゃ)
と、優しい気持ちになっていく紗智子なのだった。
《第三話のレシピ》
新玉たっぷり!醤油麹でやわらか肉豆腐
《材料・2人分》牛薄切り肉150g、醤油麹・酒各大さじ1、木綿豆腐1/2丁、新玉ねぎ1個、えのき茸1/2袋、水100ml、A{牡蠣醬油大さじ2、てんさい糖(砂糖でもよい)・みりん各大さじ1}、サラダ油小さじ1
《作り方》
① 牛肉は、醤油麹と酒でもんでおく。木綿豆腐は食べやすく切る。玉ねぎは太切りに、えのきは石づきを落とし、食べやすい大きさに裂く。
② 牛脂を温めた鍋で牛肉をさっと炒め、半ナマでいったん取り出す。
③ 鍋は洗わず、酒を入れ、肉の旨味をこそげ取りながら新玉ねぎを炒める。しんなりしたらAと水を入れ、豆腐とえのき茸を加え、5~10分程煮る。
④ 肉を戻し入れ、さっと混ぜる。
《醤油麹の作り方》:乾燥麹100g、醤油150cc
① 麹を手でよくほぐし、タッパーに入れ、醤油をひたひたに注いで混ぜる。
② 3~4時間おくと麹が水分を吸収しているので、さらにひたひたに醤油を入れて混ぜる。
③ 室温において、1日1回混ぜながら発酵させる。
※1週間~2週間たち、麹が柔らかくなり、甘みがでてきたら完成。
澤田美奈講師のお料理教室 美奈のおしゃデリ・クッキング
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