(美奈先生のレシピ小説)第1話 ビーフストロガノフでとろける夜
(美奈先生のレシピ小説)
美奈先生のレシピ小説開始!!!読むだけでお料理上手な気分になれるかも〜♬
第1話 ビーフストロガノフでとろける夜
退社時間が近づくと、デスクの脇に置いてあるスマホをこっそり横目でチェックするのが、美菜子の習慣になっている。
…月曜だし今日も忙しくて会えないのかな。週末も会えなかったのに、つまらないな・・・
広告代理店で営業をしている彼は、急なアポが多く、平日のデートの約束は大抵当日、しかも退社時間ギリギリにくることが多い。
食品メーカーの経理部にいる美菜子は、月末や決算前以外はほぼ定時に上がれるので、退社時間前になるとそわそわして、彼からの誘いが今日こそあるかも、とつい気がつくとスマホを目で追っている。
終業を知らせるチャイムを聞きようやく諦めがついた。
デートモードだったから、今から1人で家でごはん作って食べるのは、味気ないな、とため息をついているところへ、先輩のまどかが、にこにこしながら近づいてきた。
5歳年上だが妙にウマが合うまどかは、美人でさばさばして仕事もできるので、美菜子の憧れだ。
「美菜ちゃん、なんか暗いよ。今日ごはん食べに行かない?この前ランチで行ったイタリアンで、グラススパークリングのクーポンもらったでしょ?あれ、よく見たら期限がなんと今日までなの!予定なかったら1杯飲んで帰ろうよ。あ、ラブラブな人は週明けからデートかなぁ?」
と、からかうように美菜子の顔をのぞきこんで笑う。
落ち込んでいたところへ、大好きなまどかからの思いがけない誘いが嬉しく、
「行きましょう!デートなんてないですよ。彼より女子会女子会!」
と、思わずはしゃいで答える。
弾んだ声が思いのほか大きかったのか、遠くの席からちらっと顔をあげた課長の山下沙智子と目が合い、慌てて声をひそめる。
「下で待っててください!すぐ追いかけますから」
と答えながら、急いで後片付けに取り掛かる。
「う~ん、何食べても美味しい!
ランチのコスパもいいけど、ここ夜もいいね。
もう1杯いっちゃう?それとも、そろそろデザートにする?
ティラミスがスペシャリテって書いてあるよ。」
ディルやミントなど香りよいハーブと一緒にフルーティーなオリーブオイルでマリネされた鯛のカルパッチョ、透けるほど薄く削られた舌でとろけるパルマ産生ハム、微かにオレンジの風味のする鮮やかなにんじんのサラダ、中東風のスパイスをさりげなく効かせたほくほくの白いんげん豆など、出てくる前菜にいちいち歓声をあげ、仔羊のオーブン焼き、ワタリガニのトマトクリームリングイネ、と旺盛な食欲を見せていたまどかは、1杯どころかクーポンのスパークリングの後に白、赤、と既に3杯めで、かなりゴキゲンモードだ。
美菜子は、というと、気の置けないまどかとの久しぶりのディナーはもちろん楽しいが、やはり彼のことが気になり、いまひとつ会話に集中できない。
(もう10日もデートしてない。今日は会いたかったな・・・)
そこに、美菜子の心を読んだかのようにスマホが光る。彼からのLineだ!
「お疲れ~!って、もう家かな?こっちはあと30分くらいで会社出れそう。疲れたー!美菜子の飯が食いたい!(笑)」
(えーーーーー?!(笑)、じゃないわよ!)
スマホを見て慌てる美菜子の顔色に気付き、「ん?どうしたの?彼から?」
「そうなんです!ごめんなさい。もうすぐ仕事終わるみたいで・・・」
先輩との食事中で失礼とは思いながら、正直に言えるのも相手がまどかだからだ。
「いいなあ、彼のいる人は。いいよいいよ、早く帰りな。今日は私ばっかり飲んでたから、たまにはおごるわ。私はもう1杯飲んで、美菜子の分までティラミス食べて帰るから。」
睨むふりをして笑うまどかに、
「ありがとうございます!今日のお詫びに、次は私にご馳走させてくださいね!」
申し訳なさそうに両手を合わせておいて、大急ぎで店を出る。
「実は今、先輩とごはん食べてるの」なんて本当のことを言ったら、彼のことだから気を使って「じゃあ今日はいいよ。先輩とゆっくり楽しんでおいで」と、会える日がさらに遠ざかってしまうにちがいない。つい、
「お疲れ様!私は食べちゃったけど、ご飯作って待ってる。ワインは買ってきてね!」と、まるで自宅に居るかのように返してしまった美菜子だったのだ。
1杯半しか飲まなくてよかった!
えーと、まずはどうしよう?
昨日は日曜だったから冷蔵庫の整理もかねて1人鍋をしてしまったので、家には野菜がほとんどない。
とりあえず、閉店間際のスーパーに飛びこむ。
もう、ゼロから作っている時間はない。
デパ地下のデリをオシャレに盛り付けてそれらしく見せるのは美菜子の得意技だが、デパ地下は閉まっているし、遅くまでやっているスーパーのお惣菜に一工夫するしかないだろう。
ワインなら家にあるのに、わざと「ワイン買ってきて」と言ったのは、コンビニに寄ってワインを選んでもらえば時間稼ぎになる、ととっさに思ったからだが、言ったからにはワインに合うメニューにしなくてはならない。
スーパーの惣菜パックには20%オフのシールが貼られているものもあり、いつもの美菜子なら「ラッキー!」と値引きされている商品に手が伸びるところだが、今日ばかりは値段云々の問題ではない。
えーと、あ!「海老のバジルソース和え」。彼、海老が好きだから喜ぶはず。
これだけだとちょっと味が濃くて単調だけど、とっておきのフレーバーオイルとお酢を足して和えるだけで、すごく風味豊かなレストランの味になるのよね。
ベランダのバジルと…あ、野菜室にプチトマトも2,3個残ってたから一緒に和えれば、彩りも綺麗、と。
「ミックス豆のサラダ」もある!今日のお店の白いんげん豆のサラダは、クミンがきいていて美味しかったな。これにベランダのミントも入れて、私もエスニック風にアレンジしよう。
クラムチャウダーの缶が家にあるから、スープはそれを牛乳で伸ばせばOKね。冷凍庫に眠っているシーフードミックスを足して煮れば、リッチな味になるはず。
メインだけはちゃんと作ろう。
彼の好きな牛肉がいいな。時間ない時はステーキ!と。
…あ~あ。ステーキ用のお肉が売り切れてる!
トマト缶とデミグラスソースが家にあるから、今日はビーフストロガノフにしよう。玉ねぎはあるし、あとはマッシュルームか。
牛肉薄切りで作るから、ビーフシチューと違ってあっという間に火が通るもんね。
足りなければ、冷凍ごはんをチンしてバターとドライパセリ混ぜて、バターライス添えればよし、と。
頭の中でメニューを組み立てながら、海老のお惣菜と、豆のサラダ、ブラウンマッシュルームに牛薄切り肉を買って猛ダッシュで家に帰る。
家に帰ってまずしたことは、牛肉にたっぷりのパプリカパウダーと赤ワインをもみこんでおくことだ。 これさえしておけば、牛肉特有の臭みもとれるし、お肉も柔らかくなる。時間があれば一晩くらいマリネしたいところだが、5分でもやるとやらないのとでは、かなり違う。
その間に、着替えて軽く化粧を直す。
キリッと髪をひとつにまとめ、お気に入りのエプロンをつけたら、戦闘開始だ。
まず玉ねぎを薄切りにし、ブラウンマッシュルームは半割にする。ブラウンは、ホワイトマッシュルームやしめじより濃厚な出汁がでるのだ。
準備ができたところで深めのフライパンにオリーブオイルを敷いて、マリネした牛肉をさっと炒め、色が半分変わったところでいったん取り出す。ワインでマリネしておけば、薄切り肉も鍋にくっつくことはない。
フライパンの肉の旨みをこそげ落としながら、玉ねぎを入れて炒め、玉ねぎに火が通ったらブラウンマッシュルームを加え、デミグラやトマトソースや調味料を入れる。
デミグラは100gずつ小分けになっているタイプなので、少量使いでも無駄が出ない。
隠し味は、カレーと同じ、インスタントコーヒーにビターチョコ1片。煮込み時間少なくても深みがでる。
あとは5分煮て、お肉を戻し入れて温めれば完成だ。
盛り付けた後は、サワークリーム添えるか生クリームをマーブル状にかけたいところだけど、どちらもないから、コーヒーフレッシュで代用すればいいわね。
別の鍋には冷凍シーフードを入れ、白ワインをふって冷凍の臭みをとりながら炒める。
そこにクラムチャウダーの缶をあけ、牛乳を入れ、ローリエを入れて、こちらも5分も煮れば完成。火を止めてから仕上げにバターを加え余熱で溶かせば、まろやかなコクがでる。
その間に、ボウルに海老のお惣菜をあけ、お気に入りの調味料であるベルガモットオイルと5年熟成ホワイトバルサミコ酢、ハーブミックスのエルブ・ド・プロバンに黒胡椒をふる。半割にしたプチトマトとベランダで栽培しているバジルを混ぜて和えて、できあがり、と。
ベルガモットオイルは上品な香りが料理をワンランクアップさせてくれ、ホワイトバルサミコ酢は熟成された甘みとなんともいえないコクがあり、このふたつがあれば、たちまちレストランの味になる。
続いてミックス豆のサラダを急いでボウルにあけ、ミントの葉を加えて、クミンパウダー、チリパウダー、オールスパイスなど、スパイス類をふって混ぜる。オールスパイスは胡椒の一種だが、シナモン・ナツメグ・クローブの香りや風味を併せ持つので、一振りで複雑な風味を演出できる。
スパイスをふるだけで、市販のお惣菜がエキゾチックな味わいのワインのアテになるのだ。
皿にあけたところで、玄関のベルが鳴る。
ひゃ~ギリギリ!
「は~い!」
さっと鏡を見て髪の乱れを直した後、美菜子は玄関へ走る。
「ごめん、ちょっと遅くなって。はいこれ。美菜子の好きなピノノワール買ったから、一緒に飲もうぜ!」
「ありがとう!すぐできるから、飲みながら待っててね」
ボウルに和えておいた海老のマリネを縁に可愛い飾りのついたガラスの器に盛り、お豆のサラダをポルトガル製のぽってりした陶器の小鉢に盛って木のスプーンをつけて出す。
「おお、すげえ!おしゃれー!!」
感嘆の声を背中で聞きながらふふっと笑い、クラムチャウダーを盛り、スモークパプリカパウダーとパセリをふる。
スモークパプリカは赤い色がアクセントで白いスープに映えるだけでなく、魚介の臭みも消してくれる魔法のスパイスだ。
「これもうまいよ!シーフードいっぱいで旨味がすごい出てる。スモーキーな香りもいいね。」
「ありがとう。ビーフストロガノフ作ったけど、バタ―ライスもつける?」
「頼みます!」
「いや~久々の美菜子の飯、ほんとうまかったよ。ありがとな。
ビーフストロガノフなんか、洋食屋の味だったよ!最高!
美菜子も座って一緒に飲もうぜ。とろける肉食べさせてもらったから、次は美菜子をとろけさせなきゃな」
冗談ぽく言う彼の目のふちは、既に酔いでほんのり赤い。
胃袋つかむのはハートをつかむことって言ったのは、まどか先輩だったっけ・・・
数時間前の憂鬱が嘘のように、幸せいっぱいの美菜子なのだった。
《今月のレシピ》
洋食屋さんのビーフストロガノフ《材料・2人分》
牛薄切り肉120g、玉ねぎ1/4個、マッシュルーム1/2パック、オリーブ油大さじ1、A{パプリカパウダー大さじ1/2、赤ワイン大さじ2、塩胡椒少々}、B{デミグラスソース100g、ホールトマト50g、赤ワイン50cc、赤味噌各小さじ1、醤油小さじ1/4、インスタントコーヒー・ウスターソース各少々、ビターチョコ1片、ローリエ1枚}、コーヒーフレッシュ2つ、レモン汁少々、塩こしょう各少々
《作り方》
① 肉は食べやすく切ってAをまぶす。玉ねぎは薄切りに、マッシュルームは半割り(大きいものは4つ割)にする。
② フライパンにオリーブ油大さじ1を熱し、牛肉を強火でさっと焼く。パプリカに火が通ったら、半生位で取り出す。
③ フライパンについてる肉の旨みをこそげ落としながら、オリーブ油を大さじ1を加え、玉ねぎを入れ、中火で炒める。玉ねぎに火が通ったらきのこを加え炒める。
④ ③にBを入れて混ぜ、肉を戻し、レモン汁と塩こしょうで味を調える。
⑤ 皿にバターライスを盛り、④をかけて上からコーヒーフレッシュをかけ、パセリをふる。
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